「源氏物語 薄雲」(紫式部)

円熟味を増した光源氏から目を離せません。

「源氏物語 薄雲」(紫式部)
(阿部秋生校訂)小学館

「源氏物語」小学館

源氏から
娘を紫の上の養女とするよう
求められた明石の君は、
悩みながらもそれを受け入れる。
一方、
重い病に倒れていた藤壺が、
帰らぬ人となる。
四十九日が過ぎた頃、
十四歳の冷泉帝は、
夜居の僧から
出生の秘密を告げられる…。

現代語訳を初読した際は、
この冷泉帝出生の秘密を
当人が知ってしまう場面のみが
心に残り、他の物語の重要性に
気付きませんでした。
この上で描かれているのは
次の三つです。
①明石の君の姫君が
 紫の上の養女となる
②太政大臣と藤壺が相次いで亡くなる
③源氏が梅壺の女御に振られる

これらは一見
何の脈絡もないように見えるため、
劇的な展開の②だけが
印象に残ってしまったのです。
しかしこれらは
しっかりと繋がっています。

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まず①は、将来娘を入内させるための
下準備のようなものです。
母親の明石の君の
身分・家柄では不十分であり、
紫の上の養女としたのです
(紫の上の父親は親王。
つまり紫の上は天皇の孫娘)。

娘のためのようでもあり、
よくよく考えると
源氏のさらなる権力掌握のためでも
あるのですが、この一件は、
源氏が父親としての立場で
動くようになった
最初の出来事なのです
(葵の上との間にできた夕霧については
源氏の積極的な関わりは
まだ描かれていません)。
いつの間にか源氏も、すっかり親世代
(といってもこのときまだ三十二歳!)に
なっていたのです。

そして②は、自分より年長の親類が
すべてこの世にいなくなったことを
示しています。
父帝そして
年上の妻・葵の上はすでに亡く、
今また太政大臣
(葵の上の父、つまり源氏の義父)、
そして最愛の人・藤壺を失ったのです。
いつの間にか源氏も、「次は自分の番」と
無意識に思うような世代に
なっていたのです。

加えて③は、最もゆゆしき事態です。
これまでは狙った女性のほとんどを
ものにしてきた源氏なのですが、
梅壺女御はまったくなびく様子もなく、
源氏に言い寄られて
かえって迷惑がっているのです。
いつの間にか源氏も、「自分の時代は
終わった」と自覚せざるを得ない
年齢になっていたのです。

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つまり本帖「薄雲」は、
政治権力以外の部分での
源氏の下り坂の始まりが
描かれているのです。
三十二歳であればまだまだ青年期と
いえなくもないのですが、
少なくとも若く向こう見ずな時代は
すでに終わっているのです。
ここまでは源氏の華麗な恋物語を
描いてきた紫式部ですが、
この源氏下り坂以降にこそ
彼女の筆が冴え渡るのです。
円熟味を増した光源氏から
目を離せません。

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※光源氏は
 いい年の重ね方をしています。
 現代の俳優であれば
 本木雅弘や吉川晃司といった
 あたりでしょうか。
 若い頃の輝きを
 内側にとどめながらも、
 底光りのするような
 熟年のいい味を出しています。

〔前帖〕

〔次帖〕

(2020.5.23)

nikkoさんによる写真ACからの写真

【源氏物語】
01 桐壺
02 帚木
03 空蝉
04 夕顔
05 若紫
06 末摘花
07 紅葉賀
08 花宴
09
10 賢木
11 花散里
12 須磨
13 明石
14 澪標
15 蓬生
16 関屋
17 絵合
18 松風
19 薄雲
20 朝顔
21 少女
22 玉鬘
23 初音
24 胡蝶
25
26 常夏
27 篝火
28 野分
29 行幸
30 藤袴
31 真木柱
32 梅枝
33 藤裏葉
34 若菜上
35 若菜下
36 柏木
37 横笛
38 鈴虫
39 夕霧
40 御法
41
00 雲隠
42 匂兵部卿
43 紅梅
44 竹河
45 橋姫
46 椎本
47 総角
48 早蕨
49 宿木
50 東屋
51 浮舟
52 蜻蛉
53 手習
54 夢浮橋

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